2023/9/1
本レポートでは、オークネット会員様のビジネスのお役に立てますよう大きなターニングポイントに差し掛かっている自動車産業にフォーカスした情報をタイムリーにお届けします。
執筆・編集:特定非営利活動法人 自動車流通市場研究所 理事長 中尾 聡
▼目次
【戦時下のウクライナで日本の中古車が躍動】
1 自動車流通のトレンド
【最新の人口動態統計概況から考える自動車産業の行く末】
これまでもこのレポートで何度か人口動態によるマーケットの動向について紹介してきました。今年も厚生労働省から22年の人口動態統計の概況が発表されました。最新のデータを元に、自動車産業の行く末を考えてみたいと思います。
【明治32年統計開始以来、初めて出生数が80万人を割り込む】
令和4年の出生数は、前年比5.0%減の77万747人と明治32年に国が人口動態統計を開始してから、初めて80万人を割り込みました。ちなみに当時の出生数は138万6981人です。平成27年から7年連続で出生数は過去最低記録を更新し続けていて、少子化が加速していますが、これは政府機関の推計より10年ほど早いペースで進んでいます。この傾向が続けば、社会保障制度や国家財政の維持が厳しさを増すのは避けられません。岸田文雄首相は「我が国は、社会機能を維持できるかどうかの瀬戸際とも呼ぶべき状況におかれています」と施政方針演説で述べるほど深刻な状況に陥っています。一方、死亡者数も前年比9.0%増の156万8961人と戦後最大となりました。これによって、22年の自然増減は79万8214人の減少となり、ほぼ佐賀県の人口と同じです。 昨年一年でこれだけの人口が消失してしまったと考えると末恐ろしくなります。婚姻届け出数については、わずか0.7%ですが前年を上回り、下げ止まっています。パンデミックでの行動制限が緩やかになったからだと思いますが、唯一明るい材料です。
【生産年齢人口の縮小と免許人口の少子高齢化が示すマーケットの縮小】
前項で紹介しました少子化問題は当然のことながら、全体の人口減少に影響を及ぼします。日本の人口は平成20年に1億2808万人とピークに達しましたが、その後は一転して急勾配の下り坂を駆け降りています。それに伴って、生産年齢人口も同様に減少しています。生産年齢人口とは、日本経済を支える生産活動の中心にいる人口層のことで、15歳以上65歳未満の人口が該当します。平成12年(00年)時点の生産年齢人口は8622万人でしたが、最新の令和4年(22年) は7496万人となり1126万人も減少しました。マーケットの規模で言えば、わずか22年間で13%も消失したと言えます。これが27年後になると5389万人になると見込まれていますから、現状のマーケット規模のさらに3割減と減少に歯止めが掛かりません。
一方、自動車産業にフォーカスしますと、免許人口の少子高齢化が深刻な問題となります。免許人口自体は、平成30年をピークに下り坂に転じていますが、前述の人口のように急勾配ではなく、緩やかな下り坂を示しています。しかし構成が深刻です。表にも示している通り、免許を取得して、これから長く車を保有する16~24歳の人口が20年間で303万人も減少しているのに対して、人生の後半に差し掛かり、あと数年で免許を返納しようかという65歳以上の免許人口が20年間で1180万人も一気に増加しており、少子高齢化は深刻化しています。以上のように、生産年齢人口の縮小と免許人口の少子高齢化によって、今後マーケットの縮小は避けられそうにありません。
ここがPOINT!
国連は22年11月15日に世界の人口が80億人を突破したことから11月15日を「80億の日」と宣言しました。今回ご紹介した通り、日本の人口減 少に歯止めが掛からない中、ここ10年間で世界の人口は毎年1億人づつ急速に増加しています。このまま少子化が続けば、日本は世界から取り残さ れてしまう事態になりかねません。
2 どうなってるの中古車輸出 Ⅰ
【戦時下のウクライナで日本の中古車が躍動】
ウクライナについては、昨年2月のロシア侵略以降、日本からの中古車輸出が一時的に停止されていました。しかし、今年2月から僅かな台数ですが輸出が再開され、7月時点で、 すでに通年での過去最高記録を更新しています。
誰がどのような事情で輸出しているのかを調査していたところ、関西在住のウクライナ人国際政治学者グレンコ・アンドリーさん(35)が母国支援のため輸出していることが判明しました。今回、日本ウクライナ文化交流協会を通じて、グレンコさんに取材を申し入れ、詳しい事情を聞いてみました。通常であれば、この頁は「中古車流通のあれこれ」の項目なのですが、取材内容が大変興味深いものでしたので、今回は「中古車流通のあれこれ」を1度飛ばさせていただき、2頁に渡って紹介させていただきます。
【日本の中古車はロシア狙撃兵を惑わす】
グレンコさん自身は、国際政治学者であり、勿論、これまで中古車輸出に携わったことはありません。なぜ今回、中 古車を輸出することになったのか、まずその点から聞いてみました。
「きっかけはウクライナに住む親戚からの連絡だった」と言います。ウクライナ軍を支援する現地のボランティア団体と交 流があった親戚は、その団体から「日本の車両は非常に性能がよく、軍でも評価が高い。是非送ってもらえないか」と 相談を受けたことを伝えました。グレンコさんは「車両は戦争において武器の次に重要な物資になる。武器を送ることは できないが、民間人にできる最大限の支援になる」と判断し、協力を決めたとのことです。団体はウクライナ政府が公 認しており、中古車を関税免除で送れるということでした。また同国は、基本的に左ハンドルの国ですが、これまで明確 な定めはありませんでした。それを昨年、あくまでも緊急時の対応として、右ハンドル車の輸入を正式に認めています。
戦時下のウクライナでは、兵の移動や負傷兵の搬送、さらに民間人の避難などで車は必須ですが、特に日本の中 古車だと、ロシアに攻撃されて悪路と化した道を走行するには、最適とのことです。また、前線を走行する際、ロシアの 狙撃兵に狙われる危険性を孕んでいますが、日本の中古車は右ハンドルで運転席が逆であることから、狙撃兵を惑 わす意外な効果もあるそうです。
協力を決断し、即行動を開始したグレンコさんでしたが、どうやって中古車を買い付けて、どのように輸出したらよいか 皆目見当がつかなかったところ、あら
ゆる伝手を通じて、神戸で中古車輸出業を営む同郷のウクライナ人に繋がること ができました。そこで、その輸出業者に予算を伝え、4駆のディーゼル車の買い付けと輸出手配を依頼し、第一弾
とし て3台を確保し、それを40フィートコンテナにバンニングして2月24日に神戸港を出発。その後、3ケ月を要し、5月中旬に ウクライナ軍に無事引き渡されました。記念すべき第一号車(画像①参照)はパジェロ・エクシード(V78W)の4駆の ディーゼル車で、現在、東部前線のドネツク州で活躍しているとのことです。
3 どうなってるの中古車輸出 Ⅱ
【戦時下のウクライナで日本の中古車が躍動】
【想定外の輸送期間の長期化で、8月以降は若干のペースダウン】
今年2月から7月までに計6回(月1回のペース)、台数にして18台の中古車がグレンコさんによって、ウクライナに輸出されました。財務省貿易統計のデータによれば、通年で最も多かったのが19年の17台なので、この時点で過去最高を更新しています。現在も第7弾として、すでに車両は確保され、9月上旬には出航予定とのことです。
ところで、第一弾、第二弾はグレンコさんの自己資金で、第3弾以降は寄付によって賄わ
れているようです。陸揚げされる現地の港までの費用一切は、日本側の負担で、港からウクライナ軍に引き渡すまでの費用は現地のボランティア 団体が担当しています。
両者ともに現状、寄付が追い付かず、当面は若干ペースダウン(2ケ月に1回)を余儀なくされそうです。
またペースダウンする理由としては、3ケ月にも及ぶ輸送期間の長期化が挙げられます。本来理想的なルートは黒海を経由して、直接ウクライナ南部のオデーサ
港に陸揚げされるのが望ましいのですが、周知の通り、この港は現在ロシア軍の攻撃にさらされていて、リスクが高いルートです。そこで遠回りになっても、 バルト海経由で沿岸国ポーランドのグタニスク港やリトアニアのクライペダ港で陸揚し、その後、陸路でウクライナに輸送しなければならないため、どうしても輸送期間が長期化してしまうようです。さらに想定外だったのは、ポーランドのグタニスク港から同国内へ輸送するにあたり、当初は現地ボランティア団体のスタッフが自走で移動することを考えていましたが、ポーランドでは自走での輸送は許可されてなく、キャリアカーで陸送しなければならないことが判明し、慌てて、陸送会社に手配しなければならなくなりましたが、その手間とコストは想定外だったとのことです。このように実際にやってみると想定外のことが発生し、現在は止む無くペースダウンしています。
しかし、グレンコさんは「最近、日本の方から、キャリートラックを無償提供してもらい、第6弾で輸出することができ、良い流れにはなっている」とした上で、「自分がもっと積極的にPRを展開し、支援を募り、早い段階で元のペースに戻したい」と語ってくれました。
【ロシアのリサイクル料金の値上げは、自由主義諸国への鎖国突入の表れ】
ロシアは8月1日から中古車輸入に対してリサイクル料金の大幅な値上げを導入しています。 ちょうどグレンコさんへの取材前日に、ロシアのサイトにこの値上げの記事が発表されました。理由としては「自国の自動車生産育成のため」としていますが、本当の意図はどこにあるのか、最後に国際政治学者であるグレンコさんに聞いてみました。経済は専門外なので、あくまでも私見と前置きした上で、「それは額面通りで良いのではないか。ロシアは今後長期に渡って自由 主義諸国と一線を画そうとしている。要するに鎖国しようとしている。自動車産業に限らず、戦争以降、自由主義諸国のメーカーが撤退したが、これが戻ることを期待はしていない。逆にこれを機に自国の産業を育成したいとの表れではないか」と語ってくれました。ロシアが鎖国状態 へ突入するとするならば、今後、日本からの中古車輸出は戻らないのではないでしょうか。
ここがPOINT!
経年式の日本車がウクライナの前線で活躍していることは、誇らしいことであり、それを支援することは、日本人の平和に対する貢献になるでしょう。 今後もより多くの支援が集まり、大量の日本の中古車がウクライナの前線で活躍することを期待したいところです。